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アドテックエンジニアリングはどんな会社? 探検!長岡工場 工業の町、長岡 長岡工場のなかまたち

長岡発~日本のモノづくりの心~

工業の町、長岡

工場のある長岡について紹介します。
工業の町となったわけ

長岡との関わり方

工業の町となったわけ

● 東山油田のあらまし

東山油田とは、長岡の東から三条にかけての山地一帯の産油地のことです。この地域に石油が出たのは、明治20年のことでした。東山油田発掘の成功のおかげで、長岡の町はオイルシティーとなりました。
当初、石油の採掘は上から空気を送り、底にいる抗夫がつるはしなどで採掘し、ポンプなどで汲み上げるという手堀でした。しかし、これでは空気を送れる限界や頻繁に抗夫を交代させなければならないなどの問題があり、充分な採掘ができなくなってきてしまいます。そこで、採用されたのが機械堀です。
また、石油の運搬方法は人夫が樽に入れて担いで運んでいました。しかし、人力で運ぶのは効率が悪いため、鉄管(パイプライン)による輸送へ、そして、タンク車での輸送へと変わっていきました。
明治時代の石油井戸の模型写真
明治時代の石油井戸の模型

鋳物工場写真
鋳物工場

● 石油の町から工業の町へ

長岡で豊富に石油を採掘できたのは既に述べたとおりですが、そこから派生して様々な工業が発展していきました。
石油を輸送するための鉄管作りのために鉄工業が盛んになります。また、機械堀をするための石油掘削機・石油精製機の製造・修理のための鉄工・鋳物工場が工作機械の製造にも着手します。
このように、石油に関連した工業の発達があり、長岡は工業の町となったのです。現在でも、それは続いており、ユニークな工作機械メーカーや部品メーカーが数多くあります。
以上のような歴史を経て、長岡にはモノづくりのバックグラウンドができていきました。そして、そのような長岡にアドテックエンジニアリングの工場があるということは、人材の確保・部品の調達等の点から、非常に恵まれた環境にあると言えるでしょう。
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